靴ブランド立ち上げをストップさせた話

靴ブランド立ち上げをストップさせた話

2021年12月12日

以前、kakitsubata(カキツバタ)というセミオーダー靴のブランドを準備していた時の振り返りメモです。

誰かに話す時も伝わりやすいので「ブランド」と言っていますが、感覚的には「メーカー」の方がしっくり来ます。

最終的に、自分の中で「靴を作り続ける」≠「靴で生計を立てる」と感じたので、立ち上げをストップさせました。

靴の経歴ざっくりまとめ

自分でも「いつ、どこで、何をしていたのか」を忘れてしまう事が多いので、流れをざっくりまとめておきます。

【2011年】
東京都内の靴教室で靴を始める

【2013年】
浅草(今戸)の靴工房に通う
靴歴60年のベテランから靴作りを学ぶ

【2014年】
浅草の靴工房に通う
伝統的な手縫いの製法を学ぶ

【2015年】
ドイツ式 足と靴の学校「フスウントシュー インスティテュート」にて、ドイツ式インソールの基礎を学ぶ

【2016~2018年】
都内のビスポーク靴工房の靴職人養成プログラムに参加
主にラストメイキング(木型作製)を学ぶ

【現在】
「自分がモノを作る意味」
「モノ作りと気候変動」
「どんな素材で作るのか」など
答えが出ていない“問い”がいくつかあり、休止中。→その後モノづくり活動を終了。

  • 【2013~ 数箇所に勤務】
    修理店や修理センターにて靴/鞄の修理・クリーニング業務
  • 【2016~2017】
    コンフォートシューズ店にてカウンセリング販売業務
    (フットプリントをとったり、靴の調整をしたり。)

なぜセミオーダー靴を始めようとしたのか

もともと「職人になりたい」という漠然とした思いから始めた靴作り。

学校(専門学校)や工房で学んでいる時は良いですが、「その後にどうするか」と悩む人は結構多いです。

自分もその1人。

でも、作る楽しさを感じていた為、先の事をしっかりと考えていませんでした。。

「なぜ靴を作るのか」という大きな問い

ビスポーク靴工房に通い始める時、代表から「こんなにも靴が大量にある時代に、なぜ靴を作るのか」と聞かれました。

学びたい気持ちが強かった自分としては、正直、しっかりと向き合ってこなかった問いです。

「自分が靴を本気で作る意味は何なのか」と考えながら、続けるか辞めるかをものすごく迷いました。
(当時 悩んだ感覚は今でもハッキリ覚えています。)

靴を続ける事は「社会にどんな靴を提供するのか」という事に繋がっていきます。

その時の自分は、

  • コンフォートシューズ(足の健康を考慮して作られた靴)のお店で働いていて、足を悪くした人たちを多く見ていた
  • 自分たちの年齢(20〜30代)から靴に気を配っていたら、足を健康に保てるかもしれないと思った。

などの理由から「作り(学び)続ける」+「足の健康を損なわない靴を作る」選択をしました。

ただ、いま振り返ると「なぜ作るのか」という漠然としているけど、本質的で大きな問いに対して「靴を続けるために無理やりこじ付けた理由」だったとも思います。

kakitsubataはこんなコンセプトだった

以下、当時 紙にまとめていた内容です。

背景

いま世の中にある靴への懸念

  • ヨーロッパ系コンフォートシューズの販売業を通して、足にトラブルを抱える女性の多さを知る。
     →男女比では、圧倒的に女性の方がトラブルを抱える人が多い。
  • 1〜2年で劣化してしまう素材を多く使い、デザイン性が重視される為、足を支える機能を持たないものが多い。
     →靴修理業を通して感じたのは、これは安価な靴だけではなく、ハイブランドなど高価な靴でも多く見られる。
  • 幅が広い事や柔らかい事をアピールし、足に良いと謳っているものが多い。
     →いずれも足を支える事ができない為、場合により足や体に負担をかけてしまう可能性がある。

どんな靴を企画するのか

  • 靴が洋服や鞄と決定的に違うのは、「体と地面の境界にあり、体を支えている」という点。
    それを踏まえて、足を支えることのできる素材を選び、デザインも足に負担をかけないものにする。
  • 1〜2年で履き潰すのではなく、最低でも5年を目安としてメンテナンスや修理をしながら10年以上履くことのできる靴にする

作る靴の方向性

  • 女性が足を痛めやすい要因として、
     ・女性特有の靭帯や腱も弱さ(柔らかさ)
     ・靴の構造(足を支える剛性がない / ゆとりを多くとった設計 / 紐などの支える機能が無い)
     ・サイズが合ってない
     ・靴の履き方
    などが考えられる。

     →それに対し、今あるトラブルに対してだけではなく、将来的なトラブルを予防できるような靴を提供したいと感じた。
  • トラブルを抱える割合は女性が多い + 上記の理由から、レディース靴に決定。

誰に向けて作るのか・履いてほしい人

※漠然と作るのではなく、どんなファッションやブランドを好む人に届けるのかを決める。

  • 天然素材をメインとするナチュラル / オーガニック / グリーン系ファッションの足元に合う、上質な靴を提供したい。
    (いくつかブランド名をあげていました)
    →母が天然素材のみ(オーガニックコットン / リネン / ヘンプ)を扱う洋服関係の仕事をしていた為、自分も天然素材に触れる機会が多く、そういったファッションへの親しみが強い。
  • こういったファッションの人が履いている靴は、
     ・コンフォート系の丸みが強いもの(ビルケン / トリッペン)
     ・メンズシューズブランドの履き心地が硬いもの(チャーチ / トリッカーズ)
    などを多く見かけるが、履き心地が良く、足元を引き締めるような綺麗めな靴を提案したい。

  • 「フワッとした服を着ている人に、カチッとした雰囲気の靴を履いてもらい、靴で全体を引き締めてバランスをとる」イメージ。

デザイン / 機能

※自分が提案したいのは「チャッカブーツ」なので、その特性を整理。

チャッカブーツのファッションにおける特徴

  • 洋服を引き立てるシンプルなデザイン
  • ナチュラル / オーガニック / グリーン系ファッションと相性が良い
  • スカート、パンツ共に合わせやすい
  • 様々なボトムスに合う
  • ブーツの丈が低く、履き口をやや広くとる事で、足首を細く見せる事ができる
  • くるぶしを覆う為、短靴ほど靴下選びに困らない

相性の悪いボトムス … 靴の履き口に重なる丈のもの

短靴 < ブーツ

  • 足首周りのサポート力が強い
  • ファッションが世界的にカジュアルに振れてきている = 短靴はスニーカーに取って変わってきている
     →ただしブーツにおいては、スニーカーで代替できないと考える(特にデザイン面)

チャッカブーツの機能性

  • ブーツの類では着脱がしやすい(紐穴が少ない為、紐を解いた後にガバッと広げられる)
  • 紐やベルトを使用することにより、足首(距腿関節/距骨下関節/横足根関節)を支えやすい
  • 既成の短靴においてトラブルになりやすい履き口の痛みや、踵が抜けるなどの問題を回避できる

kakitsubataのチャッカブーツの特徴

  • 足を支えるインソール(フットベッド)を標準装備
  • インソールを調整することにより、足に合った理想のフィッティングに近づける事ができる
     →靴下の厚みへの対応も可能
     →数年が経過して、靴の馴染みが出たり足が変化した時にも対応しやすい
  • メンズシューズブランドに使われるような硬い革は使用せず、女性の足にも馴染みやすい、しなやかな革を使用
  • 肌に近い部分は、肌や環境に負担のかかりにくい植物系の鞣し剤から作られた革を使用

形にする工程

形にする工程もいろいろなアプローチがあると思いますが、僕の場合は以下のような流れで進めて行きました。

  1. 木型の作成
    • 複数名に協力してもらいフィッティングを繰り返す
    • 前足部の形状を決める
  2. デザイン(スタイル)と仕様の決定
    • チャッカブーツで3型
  3. 型紙を作成
  4. 素材・材料の決定
    (できる限り、業者の方と直接やり取りをさせてもらう形にする。)
  5. 全体を詰めていく
  6. グレーディング(サイズ展開)
  7. デザインサンプル・フィッティングサンプル(5サイズ)を作成

なんやかんやで2年ほど掛かってしまいましたが、一旦区切りを設けつつ、形にする事ができました。

意見をもらいに行く

作り始めた段階で「形になったら見てもらおう」を思っていた方達がいました。

尊敬する業界の大先輩

※2018年11月

最初に見ていただいたのは、ご夫婦でオーダー靴ブランドをやっている人で、尊敬している業界の大先輩。

コンセプトに書いたようなイメージを伝え「○○(ブランド名)の服を着ている人に履いてもらいたいんです。」と、靴を見ていただきました。

補足

実は靴を見せに行く2年ほど前に、一度会いに行っています。

当時は「アルバイトさせていただけませんか?」とお願いに行きました。

(事前にFAXで内容をお伝えしたところ、「とりあえず一度遊びに来ませんか」と言ってくださいまして。)

結果的にアルバイトをする流れにはならなかったのですが、その時に「自分で作ってみたら?」と言われた事も、自分で企画してみようと思ったきっかけの1つです。

「漠然と作るんじゃなくて、どこどこの服を着ているとか、この人に履いてもらうって感じで、なるべく明確にイメージして作った方が良いよ。」

とアドバイスいただきました。

違うんじゃないか

ちなみにこちらの大先輩は、もともと服飾の専門学校で学ばれていた方なので、ファッションに関する情熱・知識・感覚をしっかりと持たれています。

いただいた意見は…

「僕の感覚だとちょっと違う。
 この靴は ○○ よりも、もっと綺麗めなイメージ。
 トラディショナルな △△(ブランド名)とかそっちの感じだと思う。」

他にも作業工程/時間の話や、価格の話など多くのご指摘をいただきました。

ざっくりと要約すると、

  • 履いてもらいたい人のファッションと靴のバランスが取れていない
  • 技術はとても高いが、このやり方では靴でやっていくのは難しい

といった所でしょうか。

良い反応を期待していたわけではありませんが、ご指摘をいただいて結構ダメージを受けました。。

ですが、厳しい話も含めて、愛のあるアドバイスだったなと思います。
(奥さんからフォローのメールまでいただきまして、いま振り返っても感謝しかありません。)

「1から作り直すべきなのかな…」となりつつも、もっと意見をもらおうと別の方を訪ねました。

セレクトショップの店長兼バイヤー

※2019年1月

某セレクトショップが展開する、あるブランドの店長兼バイヤーさんにアポを取りました。

その方は、以前はお店に立ちつつバイヤーもやっていたのですが、他のスタッフさんから「本社勤務になった」との情報をいただいたので、メールを送る事に。
(過去に名刺をいただいてました)

「ぜひ拝見したいです!」と言っていただき(しかも覚えていてくださってて)、見てもらえる事になりました。

当日は、お店ではなく本社ビルでお会いする事になり、さらに女性のバイヤーさんも同席してくれる事になったので、かなり緊張して伺いました。

これ 良いですね

デザインサンプルを3種類(+フィッティングサンプル)持参していたのですが、その内の1つのデザインを気に入っていただけました。

「しっかりまとめてきたというイメージ」

「個人的には好きなデザイン」

もちろんご指摘いただいた部分もありますが、お二人が同じデザインのものを選ばれたので、とても嬉しい気持ちになりました。

(kakitsubataのチャッカブーツは3種類のデザインがありますが、褒めていただいたのはメインとしていたもので、それも含めて嬉しかったです。)

お二人とも意見をしっかりと伝えてくださり、その中には前述の大先輩にご指摘いただいた内容に近い「少しトラッドすぎる」というご意見も。

女性バイヤーさんにはフィッティングサンプルの試し履きをしていただき、自分が確認したかった「歩いた時の硬さ」「踵の抜け」などの部分についても良い感触でした。

大先輩にご指摘をいただき凹んでいましたが、「気に入ってくれる人もいるんだ」と少し元気になったのを覚えています。

いただいた意見を参考に最終調整をしていこうと思っていたところ、“とある気持ち” になりました。

自分のゴールはどこなのか

序盤に

  • 靴の販売していて、足を悪くした人たちを多く見ていた
  • 若いうちから靴(足)に気を配っていたら、足を健康に保てるのでは

などの理由から「作り続ける」+「足の健康を損なわない靴を作る」選択をしたと書きました。

ただ、それは「靴を続けるために無理やりこじ付けた理由」だったんじゃないかとも書きました。

スタート時点で自分は「靴で食べていく」といった感覚を持っていたわけではありません。

普通に考えれば、このような行動を取っていく事は「それを仕事にする」事だと思いますが、いま改めて振り返っても、「生計を立てる」という感覚は持てていなかったなと感じます。

ゴールのような感覚

ものすごく偶然だったのですが、試し履きをしていただいた女性バイヤーの方は、自分が企画段階でイメージしていた

「どこどこの服を着ている、こういう人。」

の本人だったんですよね。(以前はお店に立たれていたので)

なので、頭に思い描いていた人に履いてもらった事で、“答え合わせ” をする機会ができたという事です。

皆さんには「少しトラッドなのでは」と意見をいただきましたが、自分の中では本当にイメージ通りで

「合っていたんだ(= 自分の中での正解)」

と感じました。

この達成感のような感覚はものすごく大きくて、自分の中で1つのゴールになったと思っています。

(3年近く経った現在でも、履いてもらった光景と感覚を思い出せます。)

その後、状況や気持ちを整理していく中で

「靴を作り続ける」≠「靴で生計を立てる」

と感じ、立ち上げをストップさせました。

(ご意見・ご協力いただいた方々には本当に申し訳ないです…)

「そんなの初めから分かるんじゃないのか」と自分でもツッコミを入れたくなりましたが、実際に感じた事なので、何とも言えません。

恐さもあった

立ち上げをストップさせた最大の理由は達成感ですが、恐さがあったのも事実。

恐さというのは、知識が増えた事によるものです。

(※ ここについての話は、別記事で書く予定です。)

終わりに

そもそものゴール / 目標 / 着地点などを、その都度しっかりと意識しておく事は思っているよりも大切なのかもしれません。
(当たり前と言われてしまいそうだけど。。)

時間が経つにつれて状況も変わります。

感情が動くのも自然な事だと思います。

当事者である場合は俯瞰して見ようとしても、結局は“中”に居るので客観的に見る事はなかなか難しいです。

3年ほど経ち当時の事を振り返りながら書いてきましたが、「自分は今どこに居て、どこに向かおうとしているのか」といった確認をその都度していたら、違う流れになったのかなーと思ったり。

客観的に見れば何もしないで終わっているように見えますが、動かなければ感じられない感情がたくさんあったので(もちろん、ブランドをスタートさせた後の感情は得られてないけど)、自分としては良い経験ができたと納得しています。